人類学雑誌 第627号~第638号 第55巻 - 日本人類学会

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See full list on let. 科目に大別された。また学科への分属と専 攻科目の選択は専門課程への進学時に行われるようになった。新制となって最初の入学試験はこの年の6月に実施され、変則的に入学式は7月、授業開始は9月 であった(したがって新制第1期生は在学3年半で卒業している)。文学部では定員200名に対して479名の志願者があり、226名が入学した。この年と 翌年は旧制・新制両方で学生の募集があったため、文学部の学生数は急増し、1950年度と翌年度には学部学生の総数が1,100名を上回る空前の規模と なった。他方、旧制京大の学生募集は翌1950年で打ち切られ、1954年に旧制最後の卒業式を挙行、その際留年者は新制の学籍に編入されたため. ○ 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))「古代ゲノムで解明するバイカル地域人類集団の変遷」 分担者 ○基盤研究(B)「古代ゲノム解析による東アジアーシベリア境界領域における人類集団の変遷の解明」 代表者 ○ 新学術領域研究(研究領域提案型)「古代人ゲノム配列解析にもとづくヤポネシア人進化の解明」 分担者 ○基盤研究(C)「西日本出土古人骨に対するゲノム解析の可能性調査」 代表者. プロフィール 2. 1975年、福岡県北九州市生まれ。名古屋大学人間情報学研究科博士課程単位取得退学。小谷凱宣教授(名古屋大学名誉教授)による海外アイヌ・コレ クション調査のなかで文化人類学およびアイヌ文化について学ぶ。年、北海道大学アイヌ・先住民研究センター助教、年より現職。.

)Z6-B932 (通号: 1) 1997~ NDL ONLINE; 社会正義 : 紀要. 新制京都大学発足後、新たに設置すべき大学院のあり方について学内で検討が進められてきたが、新制最初の卒業者の出る1953年の1月にようやく設置認可 申請書が文部省に提出され、3月26日に京都大学大学院が設置された。当初は大学院独自の予算や独自のスタッフが全くなく、ゼロからのスタートであった が、旧制大学の大学院が独自のカリキュラムもなく修了者に学位を授与することもない機関で、研究者志望の学生が大学卒業後に籍をおいて教官の指導を受ける 場でしかなかったのに対し、新しい大学院は学生に単位の取得と修了時の論文提出を義務づけるものである。文学部に対応する文学研究科には2年制の修士課程 とこれに続く3年制の博士課程が置かれ、17の専攻(哲学、宗教学、心理学、社会学、美学、国史学、東洋史学、西洋史学、地理学、考古学、国語学国文学、 中国語学中国文学、梵語学梵文学、フランス語学フランス文学、英語学英米文学、ドイツ語学ドイツ文学、言語学)から構成されていた。同年4月7日に研究科 規程が制定され、修士課程では30単位(うち16単位は各専攻の必修科目)、博士課程では20単位(うち12単位は各専攻の必修. 常木晃「第5章 最古の都市文明」『西アジアの考古学』同成社〈世界の考古学5〉、1997年11月。 ISBN。 『古代オリエント事典』 日本オリエント学会 編、 岩波書店 、年12月。. 所属 (過去の研究課題情報に基づく):日本大学,理工学部,教授, 研究分野:東洋史,建築史・意匠,文化人類学(含民族学・民俗学),建築史・意匠, キーワード:アンコール・トム,カンボジア,アンコール王朝,文化環境,アンコール遺跡群,ヒンドゥー教遺跡,フランス極東学院,アンコール・ワット,バン. .

各研究室の整備に伴って、1907(明治40)年2月の教育学研究会発足を皮切りに、正規の授業を補う知的交流の場として各分野の学会・研究会組織が相次 いで設立された。1908年2月には史学科を母体として史学研究会が、1914(大正3)年11月には哲学科を母体として京都哲学会がそれぞれ設立され た。1916年1月には史学研究会が『史林』、同年4月には京都哲学会が『哲学研究』を相次いで創刊し、両誌は今日までわが国を代表する学術誌として刊行 され続けている。こうした分野別の学会とは別に、文科大学全体を基盤にした学会として京都文学会が1910年2月に発足した。これは「哲学史学文学の進歩 及び普及を図るを以て目的と」(同会規則)して、文科大学教授を評議員として組織され、雑誌『藝文』の刊行を主要な事業とするものであった。『藝文』はこ の年の4月に発刊され、月刊誌として市販された。同誌には文科大学の教官や卒業生の研究論文・エッセイのほか、各年度の講義題目・卒業論文題目や学内諸学 会の動向、海外通信等を記載した「彙報」欄もあり、研究紀要と総合雑誌の性格を兼ね備えたものであった。当時他に十分な研究成果. 02 加藤克・天野哲也共編 『teetasinrit tekurukoci 先人の手あと 北大所蔵アイヌ資料:受けつぐ技』 北海道大学総合博物館、北海道大学アイヌ・先住民研究センター: 札幌. ジンルイガク ザッシ. Dajani, Economic Sanctions : Ideals and Experience」『国家学会雑誌』第97巻11・12号 (1984年)141-143頁 「青ナンバーに御注意」『自治研修』319号(1986年9月号)77-78頁.

1918(大正7)年12月に制定された大学令は帝国大学の他に公立・私立大学や単科大学の設置を認めるものであり、同年の高等学校令とともに両大戦間期 における高等教育の急激な量的拡大をもたらした。これに合わせて1919年2月7日に改正された帝国大学令によって、帝国大学を構成する各分科大学は「学 部」と改称された。同日公布の勅令第13号により京大に置かれる学部が規定され、ここに文科大学は文学部となった。初代文学部長は藤代禎輔である。 1921年には京大を含む各大学の学年歴が変更され、従来9月に始まっていた学年が4月開始になったため、1920年度だけは7カ月で終わることになっ た。また大学令では大学院を各学部に新たに設置される「研究科」を総合したものと規定したが、京大では大学院についての規定にほとんど変化はなかった。 だが学制改革の影響が最も著しく現れたのは1920~30年代における学生数の急増という事態であった。1919年以降の高等学校の増設によって、全国で 8校しかなかった高等学校が大正末年までに34校になり、これに伴って、それまで本科でほぼ30~50名程度、選科で10~30名の水準. 年春季学術大会のお知らせ(第1報)・表紙2. 年7月25日. 日本文化人類学会 2. n72736 (雑誌・紀要 > 雑誌) 考古学ジャーナル 714 特集 考古学と人類学 著者: 発行元:ニューサイエンス社 出版年:/07 新刊: 1,884 円 在庫 1 古書: 1,100 円~ 在庫 2.

創立から4年の間に合計23講座が集中的に設置され、戦後にまで続く講座編成の骨格がほぼ固まった(表1参照)。当時の東京帝大文科大学と比べて、そこに は次のような特徴が見出される。(1)東大では論理学・倫理学と一緒になっていた心理学を独立の講座としたこと、(2)東洋学が重視され、東大では漢学科 にまとめられていた支那哲学・東洋史学・支那文学が3学科に分離して置かれたこと(とりわけ東洋史学は最初から3講座と破格の扱いであった)、(3)地理 学を独立の講座として史学科においたことなどである。 文科大学規程に定められた教育課程は次のようなものであった。まず各学科に正科目と副科目が指定され、正科目は普通講義・特殊講義・演習からなる。学生は 自分の所属学科のすべての正科目の普通講義を履修したうえ、正科目の1つを専攻科目として選択してその特殊講義と演習を履修することが義務づけられた。副 科目は自由選択である。普通講義は1回生、特殊講義は2回生以上、演習は3回生のときに履修するのが原則とされる。入学後1年目の学生は学科に分属するだ けで、2年目に専攻科目に分かれ、3年目にその科目に関する卒業論文を. 54-59 岡本太郎のみた東北と文明との狭間のなかで「Koi 鯉アートのぼり」にかけたメッセージ 『美育文化』 特集 今、私たちにできること 第61巻第4号 財団法人美育文化協会、pp. 「学界展望<国際法> M. アイヌ・先住民学総合特殊講義 3. アメリカ人類学会(AAA) 1. アイヌ・先住民学特殊講義 2.

大講座化は、1993年11月に文学部再編計画案として教授会で承認され、概算要求がなされた。1994年6月、文部省のヒアリングを受け、翌1995年 1月の内示で大講座化が認められた。その結果、1995年4月より、従来哲学科・史学科・文学科・文化行動学科の4学科44講座であったものが人文学科1 学科16大講座(実験講座10、非実験講座6)へと改編された。この結果、従来教授45名、助教授46名、講師1名、助手11名であったものが、助教授6 名と助手9名が教授に振り返られ、教授59名、助教授40名、講師1名、助手2名となった。 16大講座は、国語学・国文学講座(教授2名、助教授2名)、中国語学・中国学講座(教授2名、助教授2名)、東洋古典学講座(教授4名、助教授4名)、 西洋古典学講座(教授2名、助教授1名)、ヨーロッパ・アメリカ語学・ヨーロッパ・アメリカ文学講座(教授8名、助教授7名)、哲学・宗教学講座(教授8 名、助教授7名)、美学・美術史講座(教授3名、助教授2名、助手1名)、日本史学講座(教授3名、助教授2名)、東洋史学講座(教授5名、助教授3名、 講師1名)、西洋史学講座(教授. 学制改革以後の大学の拡大は講座と施設の拡充をも伴った。1919(大正8)年6月に国語学国文学と支那語学支那文学に各々第二講座が増設され、次いで 1922年5月に宗教学第二講座(基督教学)、1925年5月に西洋文学第三講座(仏蘭西文学)、1926年6月に宗教学第三講座(仏教学)が開設されて 合計30講座となった。 他方、学生の激増によって施設が狭隘となったため、その増改築が緊急の課題となった。そこでまず哲学科と文学科の研究室用にそれまでの本館に隣接して2階 建の建物が着工され、第1期工事として煉瓦造の西南角の部分が1923年12月に完成すると、ここに両学科の書庫と閲覧室が移された。この建物は5期に分 けて増築され(残りの部分は鉄筋コンクリート造)、1936(昭和11)年10月に完成するが、これが現在の新館完成までの長い期間、文学部中央教室(ま たは本館)と呼ばれたものであり、学部長室や事務室はここに置かれた。また、史学科の拠点である陳列館は1923年12月に第2期工事が竣工、その後も増 築を続けて1929年12月に完成した。. 社会情報学研究 = Journal of socio-information studies : 日本社会情報学会誌 / 日本社会情報学会誌「社会情報学研究」編集委員会 編. 昭和期に入ると講座数の上では学部の拡大は減速し、終戦までの間に新設された講座は1927(昭和2)年10月の哲学哲学史第五講座(西洋哲学史)、 1934年7月の西洋文学第四講座(英文学)、1937年12月の日本精神史講座、1940年12月の伊太利語学伊太利文学講座の計4講座にとどまってい る。このほか、1939年1月の文学部規定改正により西洋古典文学が講座外の正科目として加えられ、専攻学生の受け入れを開始した。 学生数増加に対応して1927年3月に専攻科目選定規定の改正があり、文学科については入学時に志望科目を届け出させ、定員を超過する場合は入試の成績順 に受け入れることとした。前述のように、従来は1回生は学科に分属するのみで2年目に専攻科目を決定していたのだが、文学科だけは入学当初から専攻に分か れる形になったわけである。学科・専攻によって入学志望者には当然ながらばらつきがあり、人気の高い国語学国文学などでは1927年以降、史学科では 1929年以降ほぼ毎年入試を実施せざるをえなかったのに対し、哲学科は定員に満たないことが多かった。こうした趨勢に応じて1933年12月には哲学科.

日本列島を中心に環日本海地域で農耕文化の生業複合及び社会の変化を分析するため、レプリカ法による初期農耕導入期のイネ、アワ、キビなど栽培植物の種実圧痕の調査など基礎データを集成するとともに生業活動全体の中でその評価し、農耕導入などの生業変化と、土器や石器などの考古. 年8月25日) 医学書院. 京都大学文学部の誕生は1906(明治39)年6月4日、勅令第135号によって京都帝国大学文科大学の開設が定められた時にさかのぼる。京大に法科大 学・医科大学・理工科大学と並んで文科大学を置くことは、京大を2番目の帝国大学として設立することを定めた1897年6月制定の勅令第209号にすでに 定められていた。1898年から翌々年にかけて教授就任予定者たち(大西祝・松本文三郎・谷本富・狩野直喜)が海外留学に派遣され、開設に向けた準備は早 くから進められていた(大西は文科大学学長に予定されていたが、病気のため実現しなかった)。にもかかわらず実際の開設が他の分科大学に比べて遅れたの は、東京帝国大学の文科大学さえ学生定員を満たしていないのだから開設を急ぐ必要はないとする文部省の一部の意向や、日露関係の緊迫といった状況のゆえと 伝えられている。 とはいえ日露戦争終結後の1905年11月には設立案が帝国議会を通過し、翌1906年4月に狩野亨吉(第一高等学校校長)・谷本富(京都帝大理工科大学 講師)・狩野直喜(台湾旧慣調査会)・松本文三郎(東京帝大文科大学講師)・桑木嚴翼(第一高等学校教授)の5. 国際司法裁判所―判決と意見〈第3巻〉一九九四‐二〇〇四年. 第115回日本内科学会. 巻、号、ページもしくは巻、ページを入力してください。. 第10回日本ヘルスプロモーション学会ダイジェスト 福田 洋 医学書院 公衆衛生 77巻 2号 (年2月) pp. 第53巻 (第603号-第614号) 第54巻 (第615号-第626号) 第55巻 (第627号-第638号) 第56巻 (第639号-第650号) 第57巻 (第651号-第662号) 第58巻 (第663号-第674号) 第59巻 (第675号-第686号) 第60巻 (第687号-第689号) タイトル別名.

1992(平成4)年5月、文学部に文学部再編計画委員会が設置され、文学部における人事運用の柔軟性を高め、また財政危機を脱することを主たる目標とし て、文学部の教育研究体制の大規模な再編が始まった。その方向性を最初に示したものが1993年4月に出された『21世紀の文学部像―教育研究体制を中心 に―』であり、これを踏まえ現状を把握しようとしたのが1995年3月に刊行された『京都大学文学部の現状と課題 自己点検・評価報告書』である。 『21世紀の文学部像』は、全58頁と大部なものでないが、文学部の自己点検自己評価報告書の先駆をなすものであり、大講座化、大学院重点化を前に現状を 総括したものである。本報告書は、学部長、評議員、各学科代表、各学科から1名の委員で構成された「21世紀文学部像」研究会の名で公にされたもので、は じめに、I 学部・大学院の現状、II 学部・一般教育のあり方、III 大学院教育・研究のあり方(一)-人文科学の充実と発展-博士号取得のための教育体制-、IV 大学院教育・研究のあり方(二)-人文科学の国際化-、V 新しい学術ネットワークのあり方、VI 自己点検・評価、. 戦後の京都大学の動きとして重要なものに学生運動の活発化がある。とりわけ1941年に学友会が改組されて成立した同学会は、戦後全学の学生自治組織とし て生まれ変わり、1949年以降執行部内で左派が優勢となってからは大学当局と衝突を繰り返すようになった。1951年11月の天皇事件は特に有名であ り、この時8名の学生に対して無期停学処分が行われたが、そのうち2名は文学部の学生であった。 翌1952年には、4月30日に行われた破壊活動防止法反対等を理由とする文学部学生大会でのストライキ実施決議とその翌日の学内デモ行進に対し、大学は ストライキ禁止を定めた1950年10月の告示第9号に照らしてその責任者として文学部学生3名を停学処分にした。これに抗議する文学部学生大会が6月4 日に開かれ、その決議に基づいて6月5日・17日にストライキが決行されるとともに、先の停学処分撤回と前年の天皇事件で停学となった学生2名の処分解除 を求める要求書が服部総長宛に提出された。しかし、これが受け入れられなかったため、19日から文学部学生3名を含む学生が総長室前でハンガーストライキ を始めた。文学部ではこの日か. . 06 「アイヌ史研究におけるモノと文献:シーボルトの蝦夷細工を中心に」 学術文献刊行会編 『日本史学年次別論文集(日本史学一般)年版』(全文収録) 朋文. 服部 比呂美. 死者と生者を結ぶ傘鉾 : 三重県志摩市大王町波切(なきり)の新盆行事から (特集 日本民俗学の展望を拓く : 伝承文学専攻開設二十五周年記念).

なお第1および第2大臼歯がう蝕等で. 日本第四紀学会:日本第四紀学会の公式サイト。 引用した第四紀通信も「会報」のリンク先から閲覧できる。. 所属 (現在):国際日本文化研究センター,研究部,教授, 研究分野:文化人類学・民俗学,文化人類学(含民族学・民俗学),小区分04030:文化人類学および民俗学関連,教育学,文化財科学, キーワード:文化人類学,民俗学,出産,アイデンティティ,芸術,太平洋芸術祭,育児,死生観,出産環境,ナラティブ, 研究. 北海道民族学会 3. 25 「現代における物質文化資料の収集について:コメント」 北海道立北方民族博物館編 『北方の文化:北太平洋地域の博物館と民族文化3』(第23回北方民族文化シンポジウム報告書) 財団法人北方文化振興協会: 網走. 北海道博物館協会 4. アイヌ物質文化の現代的意義 思いを記述する並走者に.

、新制京都大学は、旧制第三高等学校を教養課程担当の分 校(1954年に教養部と改称)として併合した上で同年5月31日に発足した。新制文学部の学部規程はこの年の12月19日に制定され、6月1日にさかの ぼって施行された。文学部は後期2年間の専門課程の教育を主として担当することとなり、専門科目は専攻科? 國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University. 山崎幸治. Online ISSN :. そのような中、森清(もり・きよし)が1928年(昭和3年)に青年図書館員連盟の機関誌『圕研究』(としょかんけんきゅう)第1巻第2号と同第3号 で「和洋図書共用十進分類法案」として発表 、翌年大阪の間宮商店から発行したものが、日本十進分類法 (ndc. 第四紀通信 15(5),.

長澤榮治 「西アジア・近現代」 『史学雑誌(1987年の歴史学会―回顧と展望―)』 第97巻 第5号 史学会 (1988. 02 日本人類学会 「先住民族と博物館資料:アイヌ文化展示準備のなかでの学び 」山崎幸治・加藤克・天野哲也共編『teetasinrit tekurukoci 先人の手あと 北大所蔵アイヌ資料:受けつぐ技』 北海道大学総合博物館、北海道大学アイヌ・先住民研究センター: 札幌. 会 告・表紙2および340-342. 博物館に収蔵されている品々は、過去の歴史や文化を物語るだけでなく、未来に活かされる重要な文化資源です。私は、民具などのアイヌ物質文化を主な対象に博物館人類学の視点から研究をおこなっています。 展示の企画や実践、アイヌ工芸家との共同調査などもおこない、年に開催した、アイヌ民具を現代の工芸家に「複製」してもらう企画展では、古いモノに残る手技のあとを辿ることで各工芸家に新しい発見があったことがわかりました。今後もこうした場を生み出し、アイヌの人々が感じる思いや発見を間近で学ばせていただきながら、「並走する」研究姿勢を貫いていきたいです。. 1995(平成7)年3月に出された『京都大学文学部の現状と課題 自己点検・評価報告書』は、文学部の本格的な自己点検・評価報告書としては最初のもの である。全324頁の大部なものである。本報告書は、第1章 教育研究の理念と目標、第2章 文学部の教育活動、第3章 文学部の研究活動、第4章 附属施設の活動、第5章 図書と学術情報、第6章 社会との連携、第7章 専攻の研究・教育活動、第8章 教官の研究・教育活動、第9章 自己点検・評価実施の経緯、の9章でなっている。第9章 自己点検・評価実施の経緯によりながら、文学部自己点検・評価の経緯を辿ることにする。 文学部では、1992年1月の教授会で、自己評価等の検討を連絡委員会で取り扱うことが了承され、同年3月、点検項目等の検討を行うために「自己評価等検 討小委員会」が設置された。小委員会は同年4月「文学部の自己点検・評価項目案」を作成した。そこには、評価項目として、文学部の教育研究の目標理念、教 育活動、厚生補導、研究活動、国際交流、図書と学術情報、社会との連携、教員組織、施設・設備、財政、管理運営、個人調書、の12項目があげられたうえ で、. 年8月25日) 医学書院 第3位 看護過程と「臨床判断モデル」 松谷 美和子,三浦 友理子,奥 裕美 看護教育 56巻 7号 pp. 第2巻 (第9号-第19号), 第3巻 (第20号-第31号), 第4巻 (第32号-第43号), 第5巻 (第44号-第54号), 第6巻 (第55号-第66号), 第7巻 (第67号-第78号), 第8巻 (第79号-第90号), 第9巻 (第91号-第102号), 第10巻 (第103号-第114号), 第11巻 (第115号-第126号.

See full list on bun. 渋沢栄一()は、生涯に約500の企業の育成に係わり、同時に約600の社会公共事業や民間外交にも尽力。 多岐にわたる栄一の活動について、関連資料や情報を整理・再構築した情報源をご案内。. 1)-129年12号 (.

第9位 【優秀賞】その人らしさを支える援助―認知症高齢者の看護を振り返って 市川 綾美 看護教育 52巻 8号 pp. 得難い環境のもとで 当たり前を疑う視点を大切に. 近藤 誠×養老孟司 日本人が陥る「健康不安」の正体 パート2 予防編 検査結果の正しい読み方、お教えします 《健康診断》70万人調査で常識一変。最高血圧160の55歳男性はなぜ、「問題なし」なのか 突然の検査入院! そのとき会社にどこまで言うべきか?. 書名・叢書名. 所属 (現在):鹿児島大学,法文教育学域法文学系,准教授, 研究分野:哲学・倫理学,文化人類学・民俗学,小区分01010:哲学および倫理学関連,思想史, キーワード:フランス哲学,エピステモロジー,フランス,哲学,科学認識論,現代哲学,現代思想,国際研究者交流,人類学,スピノザ, 研究課題数:9, 研究. PDF(380KB) See full list on ridb. 奥村晃史 第四紀・更新世定義問題の解決へ向けて: 第 33 回国際地質学会参加報告.

12) ; 129巻1号 (. 日本土壌肥料学雑誌 /12/15 91 巻 6 号. レファレンス協同データベース(レファ協)は、国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築する調べ物のための検索. 『教育美術』 第72巻第6号(828号) 財団法人教育美術振興会、pp. 日経サイエンス年7月.

文化人類学カレッジ版 第3版. 『海をわたる蝶』(第1145夜)から『正座と日本人』(第1329夜)の遊蕩篇。 そして年11月にレナード・ムロディナウ『たまたま』(第1330夜)でスタートした連環篇、 年の3. 第57巻第10号: 保健婦雑誌 医学書院: 人類学雑誌 第627号~第638号 第55巻 - 日本人類学会 子どもの虐待へのアプローチ: 年9月: 教育学研究: せかす親へのカウンセリング対応: 年6月 第55巻第8号 「児童心理」 金子書房: 援助とは何か アディクションアプローチの視点から: 年3月 第42巻第3号通巻502号. 佐賀女子短期大学図書館 opac. 1)-1573号 (. 所属 (現在):神戸大学,人間発達環境学研究科,名誉教授, 研究分野:応用健康科学,教科教育,教育学,応用健康科学,教科教育学, キーワード:ライフスキル,中学生,ライフスキル教育,薬物乱用防止教育,喫煙,短期的評価,行動科学,評価,国際比較,健康教育, 研究課題数:21, 研究成果数:91, 継続中の.

宇宙科学研究所の第15号科学衛星Astro-Dは,1993年2月20日午前11時(日本時間),鹿児島宇宙空間観測所よりM-3S II型ロケット7号機により打ち上げられた. ロケットの飛翔はきわめて順調で,衛星は無事近地点高度およそ520km,遠地点高度およそ620kmの略円軌道に投入され. 中央公論 中央公論社 反省社,年1号 (明32. 所属 (現在):大阪市立大学,,学長補佐, 研究分野:家政学,生活科学一般,自然災害科学,衣・住生活学,生理人類学, キーワード:人的被害,地震被害,高齢者,生活支障,地震防災,被害予測,Elderly,ライフライン,計量評価,マッピング, 研究課題数:25, 研究成果数:68, 継続中の課題:被災度調査及び表層. (呉 : 日本社会情報学会事務局,. 年8月25日) 医学書院 第10位 寄り添うことは看護の第一歩 森 亜希 看護教育 49巻 8号 pp.

第2位 【優秀賞】その人らしさを支える援助―認知症高齢者の看護を振り返って 市川 綾美 看護教育 52巻 8号 pp. /12/15 55 巻 277 号 科学史研究. 人類学雑誌 第27巻 (第301号-第309号),第28巻 第627号~第638号 (第310号-第320号),第29巻 (第321号-第332号),第30巻 (第333号-第344号),第31巻 (第345号-第356号),第32巻 (第357号-第368号),第33巻 (第369号-第380号),第34巻 (第381号-第392号),第35巻 (第393号-第404号),第36巻 (第405号-第416号),第37巻 (第417号-第428号),第38巻 (第429号-第434号),第39巻.

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